もりおかの坂 補遺その2

もりおかの坂 補遺その2 参道坂<仮称>


クレストコート三ツ割から北山の散策路へ向かう道。
昔、印象的な光景にあってから、ひっそりと好きだった坂道。
そこそこに厳しい傾斜がある。

120425sandosaka2.jpg

上から眺めたら、民家の片隅に「不動尊参道」の石柱。
山岸方面ではみかけたことがあったが、こちらにもあったんだね。

岩清水不動尊はたしかに存在するらしい。
でも、弱気な僕はいまだにきちんとたどり着けないでいる。
盛岡にはそんな場所がいくつかある。

参道ということに敬意を表し、ここを参道坂にしておこう。

もりおかの坂 補遺その1

もりおかの坂 補遺その1 みあげ坂


ちょっと気に入った傾斜があったので追加。

高松一丁目、つつみ幼稚園からはじまる、バイパスの一本裏の通り。
のんびりと歩いて行けば、小さな坂道が現れる。

見上げればハリストス教会。
見守るようにいて、ついつい見上げてしまう。
電柱がなかったら、かなりの名坂になれそうな雰囲気。
素質はあるが、開花前という感じだろうか。

もりおかの坂(目次)

もりおかの坂(目次)
その1 <仮称>谷小路坂(本町通)
その2 山岸三丁目の坂(山岸)
その3 <仮称>朝市坂(神子田町)
その4 <仮称>えんとつ坂(茶畑)
その5 <仮称>知事坂(東中野町)
その6 <仮称>東中野坂(東中野町)
その7 駆けあがり坂(長田町)
その8 郵政坂<仮称>(館向町)
その9 教会坂<仮称>(館向町)
その10 館向の北にある岩手山が見える坂(館向町)
その11 手掛松坂<仮称>(高松)
その12 三馬坂<仮称>(厨川)
その13 永福寺坂<仮称>(山岸)
その14 くぎられ坂<仮称>(山岸)
その15 第一山王バイパス坂<仮称>(山王町)
その16 おなが坂<仮称>(住吉町)
その17 八雲坂<仮称>(住吉町)
その18 城東坂(東新庄)
その19 桜ヶ丘坂<仮称>(山岸)
その20 裏坂<仮称>(茶畑)
その21 新庄町の坂(新庄町)
その22 境坂<仮称>(月が丘)
その23 宿田後坂<仮称>(前九年)
その24 大誘坂<仮称>(上米内)
その25 岩清水坂<仮称>(岩清水)
その26 いちょう坂<仮称>(三ツ割)
その27 こんぴら坂<仮称>(三ツ割)
その28 曲尺坂<仮称>(三ツ割)
もりおかの坂 その29 たんぞう坂(三ツ割)
その30 いけない坂<仮称>(岩脇町)
その31 岩脇坂<仮称>(岩脇町)
その32 学び舎坂<仮称>(黒石野)
その33 高松の坂<仮称>(高松)
その34 老梅園坂<仮称>(大慈寺町)
その35 柵坂(黒岩坂)<仮称>(上田)
その36 下町坂<仮称>(大慈寺町)
その37 庚申坂(待つ坂)<仮称>(緑が丘)
その38 上田堤の長い坂(宇登坂?)(上田堤)
その39 狐崎坂<仮称>(上田)
その40 ふちどり坂<仮称>(上田堤)
その41 高松団地の坂(ことわられ坂)<仮称>(上田堤)
その42 配水場坂<仮称>(高松)
その43 高松の兄弟坂 兄坂<仮称>(高松)
その44 高松の兄弟坂 弟坂<仮称>(高松)
その45 スタンド坂<仮称>(緑が丘)
その46 東新庄一丁目のびっくり坂(東新庄)
その47 朝香坂<仮称>(小杉山)
その48 田屋前坂<仮称>(中野)
その49 小山坂<仮称>(東山)
その50 松坂(名須川町)
その51 第四山王バイパス坂<仮称>(小杉山)
その52 四ツ家の教会坂<仮称>(本町通)
その53 内科坂(永泉寺坂)<仮称>(松尾町)
その54 洗張坂(八幡隠れ坂)<仮称>(八幡町)
その55 大膳坂(生々洞坂)<仮称>(愛宕町)
その56 お別れ坂<仮称>(北山)
その57 旧桜山坂(盛岡の南部坂)<仮称>(北山)
その58 天神坂<仮称>(新庄町)
その59 ほっそり坂(やや紫陽花坂)(小杉山)
その60 松園の教会坂<仮称>(西松園)
その61 西松園一丁目の坂(西松園)
その62 県立博物館近くの坂(上田)
その63 うどん坂(観音坂)<仮称>(上田)
その64 東松園小への坂(東松園)
その65 県営松園北アパートの坂(東松園)
その66 松中坂?(松園中学校の坂)(東松園)
その67 松園小学校への坂(松園)
その68 松園小学校の南側の坂(松園)
その69 網目坂(深沢小坂)<仮称>(東黒石野)
その70 カナダ坂<仮称>(東黒石野)
その71 安倍館町への坂(安倍館町)
その72 前九年二丁目の坂(前九年)
その73 エイチ坂<仮称>(安倍館町)
その74 上堂三丁目の坂(上堂)
その75 布袋坂<仮称>(上堂)
その76 上堂三丁目の小さな坂(上堂)
その77 上堂三丁目のびっくり坂<仮称>(上堂)
その78 祠坂<仮称>(上堂)
その79 山王坂<仮称>(山王町)
その80 山王の階段坂<仮称>(山王町)
その81 山王の階段坂 その2<仮称>(山王町)
その82 徳清坂<仮称>(仙北)
その83 ガード坂(青物町坂)<仮称>(仙北)
その84 第三山王バイパス坂<仮称>(小杉山)
その85 東新庄二丁目の坂(東新庄)
その86 新庄坂(岩山坂)<仮称>(東新庄)
その87 東桜山坂<仮称>(東桜山)
その88 富士見坂(巌鷲坂)<仮称>(つつじが丘)
その89 川徳コーポラスへの坂(つつじが丘)
その90 つつじが丘団地の坂(つつじが丘)
その91 つつじが丘へのバスが通る坂(才ノ神坂・周波坂<仮称>)(加賀野)
その92 妙泉寺坂<仮称>(東新庄)
その93 送迎坂(幼稚園坂)<仮称>(紅葉が丘)
その94 まんなか坂(みぞ坂)<仮称>(紅葉が丘)
その95 紅葉が丘のびっくり坂<仮称>(紅葉が丘)
その96 祭壇坂(神殿坂)<仮称>(紅葉が丘)
その97 紅葉が丘のかがみ坂<仮称>(紅葉が丘)
その98 つなぐ坂<仮称>(山岸)
その99 栗の木坂<仮称>(山岸)
その100 大清水坂<仮称>(清水町)
その101 岩清水から三ツ割への坂(岩清水)
その102 図書館坂<仮称>(高松)
その103 ハリストス坂<仮称>(高松)
その104 さつい坂<仮称>(高松)
その105 高松二丁目まんなかの階段坂(高松)
その106 八幡森坂<仮称>(高松)
その107 箱清水坂<仮称>(箱清水)
その108 緑が丘二丁目の坂(緑が丘)
その109 黒石野三丁目への坂(緑が丘)
その110 山祗坂(近道坂)<仮称>(黒石野)
その111 北夕顔瀬町の階段坂(北夕顔瀬町)
その112 南無阿弥坂<仮称>(北夕顔瀬町)
その113 堂の前踏切の坂(北夕顔瀬町)
その114 なぜか坂<仮称>(前九年)
その115 よんろく坂<仮称>(前九年)
その116 権現坂(天昌寺町)
その117 たばこ坂(JT坂)<仮称>(みたけ)
その118 新化坂<仮称>(みたけ)
その119 みたけ六丁目の坂(みたけ)
その120 上田の隠れ坂<仮称>(上田)
その121 高源寺坂(上田)
その122 岩手大学の弓道坂<仮称>(上田)
その123 岩手大学の教育坂<仮称>(上田)
その124 岩手大学の実習地坂<仮称>(上田)
その125 大学坂<仮称>(館向町)
その126 寺山坂<仮称>(愛宕町)
その127 グラホ坂<仮称>(愛宕町)
その128 嶋岡坂<仮称>(神子田町)
その129 らかん坂<仮称>(茶畑)
その130 松尾坂<仮称>(茶畑)
その131 羽場口坂<仮称>(羽場)
その132 羽場の凹坂<仮称>(羽場)
その133 羽場の三上酒店の坂(羽場)
その134 天満宮裏への坂(新庄町)
その135 東新庄のあの急坂(東新庄)
その136 第二山王バイパス坂<仮称>(山王町)
その137 球場坂<仮称>(東新庄)
その138 都南の園坂<仮称>(手代森)
その139 タタン坂<仮称>(茶畑)
その140 駆け下り坂<仮称>(北松園)
その141 三丁目坂<仮称>(北松園)
その142 小鳥沢への長い坂(北松園)
その143 東黒石野の残され坂<仮称>(東黒石野)
その144 東黒石野ニュータウン(東黒石野)
その145 東松園三丁目あたり(東松園)
その146 白百合坂(山岸)
その147 名乗坂(山岸)
その148 櫃石坂<仮称>(三ツ割)
その149 みたけ六丁目の坂 その2(みたけ)
その150 はちや坂<仮称>(前九年)
その151 県道盛岡滝沢線の坂(前九年)
その152 赤川坂(仮称)(本町通)
その153 御田屋坂<仮称>(大通・内丸)
その154 高松の手摺坂<仮称>(高松)
その155 黄金くねり坂<仮称>(緑が丘)
その156 映画坂<仮称>(大通・中央通)
その157 八幡宮への坂(八幡町)
その158 糸治坂<仮称>(茶畑)

もりおかの坂 その158(最終回)

もりおかの坂 その158(最終回)糸治坂<仮称>


上小路から神子田町へ下って行く坂があります。
下からながめると、らかん公園の大きな木が真正面に。
色を変えながら、季節の移り変わりを教えてくれます。

081121oyashikisaka3.jpg

この坂は旧糸治田屋に隣接していて、トタンの壁が風情を出していました。
建物が解体され、やがて壁も取り払われ、
工事現場事務所などに活用される流浪な日々を送っていました。
それがとうとう今年、駐車場として新たな一歩を踏み出しましたのです。

風情は薄れてしまいましたが、
建物ができなかったことで、予想外に広い空は残りました。
それはなんか良かったのかなと思っています。

「上小路坂」「お屋敷坂」「中村坂」などなど、いろいろ名前を考えられる坂。
でも、ここは「糸治坂」にしておきます。

081110oyashikisaka2.jpg

さて、長らく続いた「もりおかの坂」も区切りとします。
盛岡には名前が語り継がれるような坂は数が少なく、
お江戸と同じようなことをするのは無理があったかもしれません。

それでも、そこらへんにある傾斜を坂として感じ始めれば、景色は変わって見えてくるもの。
「違うだろう~」というのもあったかもしれませんが、158の傾斜を紹介できました。

自分の中でとりわけ思い出深いのは「たんぞう坂」という名前を見つけたこと。
三ツ割のあの長い坂にちゃんと名前があったことを知ったのは収穫でした。

080910oyashikisaka.jpg

まだまだ紹介していない坂(傾斜)があると思います。
緑が丘あたりはもっと追求しないといけなかったかなと反省も。
その足りなかった分は補遺ということで。

みなさんも家の近くの傾斜をじんわりと歩いてみてください。
名前をつけてみると、愛着が一層わいてくると思います。

毎日歩いているその傾斜がきっとあなたにとっての一番の坂です。
それでいいんだと思います。

みんながそれぞれに好きな坂を持っている町は、
たぶん他から来る人にとってもきっといい町のはず。
盛岡がそんな町でありますように。

もりおかの坂 その157

もりおかの坂 その157 八幡宮への坂



なんだかんだいって盛岡八幡宮は盛岡で生きていると欠かせない場所。
初詣、馬コ、例大祭、厄払い、七五三・・。
この坂を歩いたことがない人はそんなにいないはず。

普段はとても静か。
当たり前だけど、それぞれの日常が行き交う道。

ここが坂だって?なんて異論があるかもしれません。
「坂の下」と呼ばれていたお店があったんですから、
れっきとした坂だったんだということで掲載しました。

私はそのお店には入ったことがありません。
駄菓子屋さんだったそうです。見てみたかったものです。

お祭りの日などに、たくさんの人にまぎれて歩いて行くのも楽しいです。
緩やかな傾斜がいよいよ到着するよという気分を盛り上げてくれるからかも。

2008年12月現在、八幡宮への道はいろいろと工事中。
見違えるようになるようですが、何気ない風情だけは残してほしいものです。

もりおかの坂 その156

もりおかの坂 その156 映画坂<仮称>


あらためて説明するまでもありませんが、映画館通りです。
大通から中劇方面はゆるりとした坂になっていて、日影門へ続きます。
映画館な建物はもう存在しませんが、盛岡で映画を見るとなったらこの界隈です。
激しく変わりゆく中でも、やっぱり賑やかであってほしい通り。

坂を上っている感じは歩いていると薄いです。
でもやっぱり貴重な坂。

ありがちですが「映画坂」とでもしておきます。

もりおかの坂 その155

もりおかの坂 その155 黄金くねり坂<仮称>



緑が丘一丁目にある黄金児童公園は、入口の夫婦っぽい木が印象的な公園。
その北側の一角から抜ける道があって、そこは坂。
まだ農地が残っている間を道がうまい具合にくねっていく。
まっすぐやカーブの坂はたくさんありますが、くねり系は珍しいかも。

名前は難しいですが、黄金ははずせないということで
「黄金くねり坂」という仮称にしておきます。

※画像は08年5月頃です。


もりおかの坂 その154

もりおかの坂 その154 高松の手摺坂<仮称>


高松は地形の関係もあって盛岡では坂が豊富な地区です。
三丁目にある高松神社は小さな山の上にあります。
なかなか登る機会はありませんが、高松の風景を作っています。

その神社付近に脇道がひっそりとあります。
どれどれと入って行くと、かつての富士の湯の煙突が歓迎してくれて、
そこそこの傾斜の道が宅地の中へ吸い込まれて行きます。
この先は行き止まりだったはず。

080531takamatu-tesurisaka2.jpg

ここの特徴は、石垣に設置された手摺。
私の頼りない記憶力では、盛岡の名坂「城東坂」くらいでしょうか。
そのせいか雰囲気も似ていないでもなく。
高松の隠された好坂です。

もりおかの坂 その153

もりおかの坂 その153 御田屋坂<仮称>


中央通と大通を結ぶ盛岡市民の人なら一回は歩いたことがある坂ではないでしょうか。
坂には県警本部、盛岡中央消防署、エスポワールいわて、ギャラリーになった盛久。
そんな有名どころが風景を形成しています。
下から眺めたとき、
盛久、三田商店、岩手銀行本店、NTTのタワーが重層的にいい感じ見えるのは発見でした。

中心部なので交通量もあります。
ですから、日中に車がぽつんといなくなった瞬間をとらえるのは大変。

画面には写っていませんが、大通の入口にあるのが御田屋清水。
屈指の清水として、藩政時代は大事にされていたようです。
昭和に入って、涸れたり、復活したり、なかなか激動な時代を過ごしたとのこと。

名前を付けるのなら、やはり「御田屋坂」がいいのかな。

もりおかの坂 その152

もりおかの坂 その152 赤川坂(仮称)


仁王新町からてくりと四ツ家の田中地蔵さんへ向っていきます。
公民館が見えてくる頃には、その坂が目に入ってくることでしょう。
傾斜は緩やかなほう。むりやり接続したようにも見えます。
だからなのか、ちょっとした傾斜なのです。

ここを語るに欠かせないのは「赤川堰」。
かつて盛岡の中心部を流れていたという幻の存在です。
その当時のことを知る人もだんだんと少なくなってきているようです。
お地蔵さんの一角に、「赤川堰跡」と石碑があります。
知る限り、赤川を伝える貴重なもの。

071226akagawasaka.jpg

赤川にはついては、他のサイトで語られていますので多くは書きませんが、
中央通・本町通界隈ですと、
YMCA隣の不自然な空間や仁王新町公民館の変わった配置が流れがあったことを伝えてくれます。
しかしながら、この坂のあたりは、痕跡がよくわからない状況です。
橋でも架かっていたのかしらん?
そして三戸町公民館へ謎の空間は続いていくのです。

この界隈、08年になって大川医院が更地になりました。
四ツ家荘や三立商会は健在で、坂の風景をつくる大事な建物たちです。

もりおかの坂 その151

もりおかの坂 その151 県道盛岡滝沢線の坂


館坂交叉点から分かれて行く道のうち一つが県道盛岡滝沢線。
盛岡に来た頃は駅方面から来ると、なぜかうまくこの道に入ることができませんでした。
県道名で書くよりも、厨中へ通じる道といったほうがピンとくるのかもしれませんね。

基本的には緩やかな傾斜が続いて行きます。
あまり高い建物もなく、かといって商店街というわけでもなく。
登りきったら、ああ坂だったなという印象です。
坂としては物足りない部分があります。

071215tatesaka2.jpg

それでもあえて取り上げたのは、
盛岡関係の名著「もりおか思い出散歩」(盛内政志著)によると、ここが「館坂」というのです。

(以下引用)
館坂橋にその名を残している館坂は、北上川の西岸から前九年の敵見が森方面へ通じる
だらだら坂のことで、住居表示が変わるまでは、館坂の地名で知られていた。
(引用おわり)

館坂というとてっきり安倍館方面へ向うあの坂だと思っていたのですが・・。
坂にとっては逆風の地である盛岡。
せめて坂の由来に関する表示があるとうれしいのですがね。

ホントに「館坂」であるのならば、やはり外すことはできない傾斜です。

もりおかの坂 その150

もりおかの坂 その150 はちや坂<仮称>


館坂橋から見える。
安倍館から下るときもなんとなく気になる。
そんな傾斜に近づいたある日。

アプローチは館坂交叉点の「肉の小泉」付近から。
北上川が人を寄せ付けなくなる始まりあたりです。
川沿いにもきちんと生活があるんだなと思いつつ、ほどなく坂の下。
逆S字の向こうにはちやビル(3号館らしい)が意外に映えていました。

どうやらこの先は私道になるので、下から眺めるだけ。
ここを普通に通ることができたら、盛岡でも指折りの坂になったでしょう。

071215hachiyasaka.jpg

館坂橋からは全景をとらえることができます。
はちやビル側がなぜ閉鎖されているのかはわかりません。
かつてはメインストリートという感じでもないし・・。
謎が多い傾斜ですが、意味があって作られたはず。
いつかわかればいいのですが。

坂の正面に見えるあの建物に敬意を表して「はちや坂」にしておきます。

もりおかの坂 その149

もりおかの坂 その149 みたけ六丁目の坂 その2


盛岡のひとつの端である、みたけ六丁目。
木賊川が滝沢村との境界を作りながら流れています。
坂を求めているうちに、ポイントの一つは川だということがわかってきました。
河岸段丘とか教科書に出てくるような言葉と同じなのかは知りませんが、
盛岡でも川の近くには坂がある確率が高いのです。

ここは住んでいる人以外にはマイナかもしれません。
丸い窓みたいなのが特徴的な建物沿いにある小さな坂。
この建物はみたけマンションというそうで、第一と第二があるのだとか。
短いですけど、丸い窓ともに下からの眺めがステキな傾斜です。

071125mitake-rokusaka2.jpg

マンション以外は一戸建ての住宅に囲まれた坂です。
でも岩手山が綺麗に見えることを知ったのは収穫でした。
電線がなければモアベターなんですが、贅沢は言わないことにしましょう。

みたけは平らなイメージですが、こうしてみると好坂が結構あるところでした。

もりおかの坂 その148

もりおかの坂 その148 櫃石坂<仮称>


盛岡と岩泉を結ぶ国道455号の途中にある長い長い坂です。
どこかの地図で「大平峠」という表示も見たことがあるのですが
書いている時点では出典を確認できませんでした。
確かに坂道というよりは峠道という風情があります。

松園側からトボトボと歩いたある日の夕方。
手前の山の向こう側に南昌山たちが見えて、きれいなシルエットがあることを知りました。
いつもは三ツ割側から登ることが多かったので、気がつかなかったのです。

071117karatoishisaka2.jpg

片側2車線の大きな道は車で走ってもスリリング。
幾つかの施設や民家を横目にやがて三ツ割の清掃工場の煙突が見えてきます。
この坂を語るには外せない施設。
いろいろと課題があるようですが、この坂の風景を作っているのは事実です。

そして「からと石」バス停。
実在するという櫃石にたどり着く道を探しているのですが果たせないまま。

071117karatoishisaka3.jpg

三ツ割に近づくと大きなカーブ。そして県営野球場とロッキー。
自分の中での三ツ割的風景が広がってきます。
東山堂があるので、程々にここに来るからです。

峠の名前を尊重すれば「大平坂」なのかもしれません。
でも、やはりここは櫃石のような気がします。
だから「櫃石坂」。
盛岡でも屈指の大きな坂です。

もりおかの坂 その147

もりおかの坂 その147 名乗坂


山岸の細いメインストリートを抜けて、たいていの車はそのまま左カーブして行きます。
洞清水や三ツ割へ向かうのでしょう。
でも、まっすぐの方向にはセンターラインがある立派な道が続いています。
それが名乗坂のはじまり。
野田街道の流れを汲む由緒ある道です。

はじめて、この道を通ったときは不安だったものです。
どこへ連れて行かれるのだろうか・・と。
結局は国道455号に出ます。
どれくらいのショートカットになるかわかりませんが、使えるルートです。

071117nanorisaka2.jpg

物好きなので、今回歩いて越えてみました。
最初はじんわりとあがっていきます。そして家はなくなり寂しい状況になります。
冬の午後では日差しも差し込まなくなり、孤独感が増してくるからです。

カーブがひとつあって、その一角に白い文字で「名乗坂のエドヒガン」との表示がありました。
集落まで唯一のホッとするところかもしれません。
ここで「名乗坂」というのが使われているのが確認できました。

071117nanorisaka3.jpg

名乗坂がどこまでなのかはわかりません。
踊り場的な区間があって、それからはまた坂。
そこには集落があったり、山岸タイガースのグラウンドへの入口があったり。
やがて、切り通しの終わりが見えてきます。
もうそこから向こう側は下るだけ。

いつも車だったから、歩いてきてみると手応えがある道でした。
先人は、ここから先歩いて岩泉や野田へ行ったのです。
それだけですごいことですよね。

もりおかの坂 その146

もりおかの坂 その146 白百合坂


登ってはいけないと思える坂が盛岡には幾つかある。
山岸の白百合学園の坂もそのひとつだと思う。
坂の入口は基本的にオープンだけれども、それ以上に奥へ行くことにはためらいを覚える。
女子校のせいか、修道院があるせいか、理由はわからない。

初冬の休日、人の姿はほとんどない。
速度制限を表している30の文字がゆるく日差しに照らされていた。

071117shirayurisaka2.jpg

かつて学園祭を見学したときの記憶をたどると、長い坂であることは間違いない。
途中には自転車置場、マリア寮、修道院があったりして、校舎までは遠かったという思い出。
そこは地上の楽園にも思えた。いわゆる別世界。
当たり前だが、白百合のための施設しかないからだろう。

日影門から山岸に全面移転したのは、1982年(昭和57)になるという。
僕の世代あたりからは山岸ということになるみたいだ。
余談だが、不思議なことに僕が盛岡で会う女性の3分の1は白百合出身だ。
あてにならないデータだけど・・。
たぶん、この坂に来たときの「遠い感じ」は永遠になくなることはないんだろうな(笑)。

どうやら、この坂、本当に「白百合坂」というらしい。
盛岡白百合学園のホームページにあったキャンパスマップにはそう描かれてた。

盛岡白百合学園高等学校

もりおかの坂 その145

もりおかの坂 その145 東松園三丁目あたり


松園東アパートと松園北アパートを結んでいる道は僕の中で利用頻度が高いのです。
ただ松園ニュータウンでの位置が自分の地図の中でははっきりしていないです。
マクロで見られない性格のためでしょうか。
松園中もあるし、サンタウンに行くときも必須のルートなんですがね。

この日は天気に恵まれませんでしたが、坂の向こうに岩手山がどんといます。
下ったところにあるファミマ(昔はキャメルマート)は松園散歩での重要な基地でもあります。
夏場は水分補給とかさせてもらっています。

071110higashimatuzono-saka.jpg

松園のメインルートを形成しているところは基本的に坂ですが、
道路幅があるので、上手に文字で表現できません。
ここも名前をつけるのは難しいです。
でも、松園の幹線では思い入れがあるところなので、あえて載せてみました。

もりおかの坂 その144

もりおかの坂 その144 東黒石野ニュータウン


滑らかな曲線を描いた導入部を抜けると、今度は角張った道が待っている。
何よりも、迫ってくるような高いコンクリの壁が印象的。
普段暮らしてると、思い出すこともないが、
この壁は僕がこの場所に何回か来たことを思い出させてくれる。

071110kabesaka2.jpg

ここは東黒石野ニュータウン。住所は東黒石野二丁目。
四十四田ダムへ下っていく道と上田深沢線が交差する手前に入口はある。
センターラインもない道のせいだろうか、アプローチの道は「深い」。
野外にある迷路を歩いてるような気分だ。
大きな葉を落とす街路樹が坂を彩る。
たぶん、良い天気の日にはきれいに見えることだろう。

上りきると、小さなシータ型の団地が待っている。
階段を利用すれば、そんなに遠回りしないで行けるのだが
この長い坂をじんわりと味わうのも悪くないとは思う。

盛岡にも団地は数あれど、個人的にはおすすめなところである。

もりおかの坂 その143

もりおかの坂 その143 東黒石野の残され坂<仮称>


この道が現役だった頃は、どんなふうにつながっていたんでしょうね。
松園ニュータウンへ行く道の途中からひっそりと四十四田ダム方面へ分かれていきます。
いわゆる廃道なので、車では通ることができません。
四十四田側はガードレールで封鎖されています。

時折、こうして残されている道を歩くと、どこかジンと来ます。
忘れられるってことが、この現実の世界にいたとき辛いことのひとつだからかもしれません。
湯沢の旧道が除雪ステーションとして活用され
本宮の旧盛岡環状線もやがて消え行くことでしょう、
そういう意味では、ここは市内でも屈指の廃道といっていいのかも。

坂としての魅力は十分です。
傾斜もしっかりとありますし。

この坂の脇にある場所は、確か厩舎があって、それからしばらく雪捨て場でした。
今は工業団地として生まれ変わろうとしてます。
それでも、この坂はこのままでいるのでしょうか。

もりおかの坂 その142

もりおかの坂 その142 小鳥沢への長い坂


北松園三丁目と小鳥沢一丁目をつなぐ坂です。
お互いの団地の段差を利用しているわけですが、異様に長いのが印象的。
接続点もどちらも団地のはずれなので、大きい割にはマイナな感じ。

景色はなかなかです。
小鳥沢に建つ小さな幸せたちの向こう側には、しっかりと岩手山。
緑が濃い季節やすごく快晴な日は素晴らしさが増すのではないでしょうか。

071110nagasaka2.jpg

歩道もあります。通学路の表示もあります。
それなりに利用されているのかもしれません。
でも、休日の昼下がりはとても静か。犬の散歩をする人が通る程度。

小鳥沢側にくだって振り返ると、いい雲がいました。
この長さだけは、とりあえず評価するに値するなと思いました。
でも、それ以上のことを語るほどボクは小鳥沢のことは知りません。
それがちと残念ではあります。

もりおかの坂 その141

もりおかの坂 その141 三丁目坂<仮称>


北松園三丁目の西側にちょっと素敵な坂があります。
団地を造成したときにできた人工的なものだとは思いますが、そそる傾斜です。
ユニバースからずっと西へ進んでいったところにあります。

坂は東松園三丁目の北端とも接しているせいか
北松園中だけでなく、松園中のジャージも観測できます。
青色のジャージは松園らしさを感じるひとつのアイテム。

071110kitamatusaka2.jpg

この坂、実は長いのです。
松園北アパートの下を通り、山道風情の周辺風景に変わっていきます。
せせらぎ水路からつづくと思われる谷間に沿いながら、やがて大きな道に出ます。
小野松観音へ行ける幹線道路のところです。

そこまで歩いたんですけど、どうもその区間はココロに入ってきませんでした。
天気のせいだったかもしれません。なるべくベストコンディションのときに行きたいとは思っているのですが・・。

ですから、今回は人工的な区間を「三丁目坂」としてご紹介させていただきます。
北松園も東松園も三丁目と関係があるのが命名の由来です。

もりおかの坂 その140

もりおかの坂 その140 駆け下り坂<仮称>


北松園三丁目と小鳥沢一丁目を結んでいる人専用の坂。
お互いの段差をうまく利用して、斜めにまっすぐな坂が意外にいけてます。

昔と違って、いろいろと障碍が増えたような気がします。
自転車だと一気に突っ走って、危ないからかしらん。
真ん中の踊り場的場所にデリニエータ風のものと小鳥沢側に受け止めるようにガードレール。

現に若い中学生は駆け足で下っていきました。
ついつい走りたくなる傾斜なのかな。

071110tukkomisaka2.jpg

上に立つと、小鳥沢団地の家たちと向こう側に姫神山。
三角のかたちは、ここでも変わらない。
なんかホッとします。

ついつい駆け足で下りたくなるというところで「駆け下り坂」なんてどうでしょう。
日本語になっていない?

もりおかの坂 その139

もりおかの坂 その139 タタン坂<仮称>


福山雅治の「桜坂」という歌が流行った頃、盛岡に有名な坂がないのを寂しく思ったものでした。
悔しくて、当時よく歩いていたこの坂に名前をつけることにしました。
この坂、意外といろんな施設があるのですが、音の響きなどを考慮して
「タタン坂」と自分の中では呼ぶことにしました。
まあ、由来は「タルトタタン」です。

その頃は「♪揺れる木漏れ日薫るタタン坂~」なんて口ずさんでいました。
この坂に木漏れ日なんてないのですが・・。

071104tatansaka2.jpg

場所がよくわからない人のために説明すると、ここは宮古へ向かう国道106号。
八幡宮の脇をすり抜けて、盛岡バイパスへ下っていくあたりになります。
タルトタタンの他にも、岩手県自治会館や南部会館サザンパレスが坂の周りに。
そして、茶畑交叉点は盛岡でも交通の要所。ラジオの交通情報では欠かせないポイント。
教会みたいな建物は、南部会館の結婚式場「サザンパレスフォルテ」。
できたときは違和感ありましたけど、慣れてしまいました。

071104tatansaka.jpg

古い地図に、この道は存在していません。
おそらく、宮古街道が上小路から変わったときにできた坂なのだと思います。
程よい傾斜と長さの坂は毎日歩けば、きっと魅了されることでしょう。

今でも、ここを通るたびに「桜坂」のイントロが頭の中で流れてきます。
誰が何と言おうと、ここは「タタン坂」。
この町で愛している坂のひとつです。

もりおかの坂 その138

もりおかの坂 その138 都南の園坂<仮称>


都南大橋の東側から入る側道をたどっていくと待ち受けているのが、この坂。
「手代森簡易郵便局」と書かれている柱が、たぶん好きな人は興味がそそられるのでは?
シンプルだけども、ちゃんと坂しているところに好感を持てます。

071103tonannosono-saka2.jpg

えんやこらと最初の傾斜をクリアすると、少し平面。
それからカーブを描いて、長目の坂道がまっすぐにいます。
坂を取り囲むのは、県立盛岡養護学校。
そして、かつては「都南の園」と呼ばれた、岩手県立療育センター。

バス停は変わっていないので、気づかない人も多いかもしれませんが
平成19年4月から名称が変わっています。
そのうち、バスの行き先も変更になるのでしょうね。

振り返れば、北上川がつくる緑地帯の向こうに三本柳や永井がつくる風景が見えます。

071103tonannosonosaka3.jpg

同じ道を戻り、再び都南大橋方面。
門の清掃工場の煙突が目に飛び込んできます。

「都南の園」という文字はバスのおかげで頭の中のどこかにしみついています。
でも、実際の施設はどうなのかというと、こうしてやって来ないとわからないわけです。
いずれ公式には消えてしまった施設の名前を惜しんで、都南の園坂としておきましょうか。

もりおかの坂 その137

もりおかの坂 その137 球場坂<仮称>


ここも思い入れが過剰なところかもしれません。
東新庄の主要施設、市営野球場へつづく道。
微妙に坂になっているんです。

傾斜はさほどではないのですが、正面に見える古びた階段が大好きで、
ここに来るたびにシャッターを切る次第。
センターラインがあるそれなりに立派な道です。
やっぱり野球場があるためなのでしょうか。

私にとってはレトロな野球場でしかありません。
でも、かつては岩手の野球の聖地としてプロ野球や高校野球も行われていたのだとか。
ここで高校野球の応援をしたとかが、ある程度の世代を判断する基準になるのかも。

071014kyujyosaka2.jpg

野球場を背にして、盛岡バイパス方面を見ると、住吉神社の緑が目立ちます。
じんわりと神社付近まではゆるりとした傾斜なのです。

素人目からしても老朽化がはげしい市営球場。
姿は変えたとしても、ここに居て欲しいな思います。
「球場坂」として、あえてご紹介させていただきました。

もりおかの坂 その136 

もりおかの坂 その136 第二山王バイパス坂<仮称>


山王で盛岡バイパスが作る4つの坂のひとつ。
気象台入口から興和住宅へ下っていくルートです。
風情はなんとなくですが、昔ながら。
道路沿いの家がそんなに変化がないせいでしょうか。

下から進んでいくと、ミラーの背中が哀愁で、その先にはすすきが揺れている。
趣があったりもするんだんと見直した次第。

071014sanno-bp-daini.jpg

4つの坂が兄弟だとすれば、実直でまじめなヤツというところでしょうか。
他の坂たちを支えているような・・。そんな感じがしました。

この4つの坂たちは、
時には歩いて東新庄や加賀野へ行こうとするボクの壁になります。
なかったらいいのに・・と思うこともないとは言いません。

でも、バイパスを通るだけでは得られないものをもたらしてくれるのも確か。
山王橋からバイパスを流れる車を見るのは好きですし、
そのへんから見る岩山界隈も意外にいけてます。

だから、好きになったり、嫌になったり、
そんな感情を繰り返しながら、つきあっていくことになるんだろうなと思うこの頃です。

もりおかの坂 その15(南部会館から登る坂)
もりおかの坂 その51(小杉山から東新庄へ下る坂)
もりおかの坂 その84(小杉山から中野へ下る坂)

もりおかの坂 その135

もりおかの坂 その135 東新庄のあの急坂


盛岡バイパスを走ったことがある人ならば、誰でも気になるはずの坂。
岩山入口の交叉点あたり、その道筋は四季を通じて惹き付けるのです。

その長く急な坂の向こうには何があるのか。
探究心のようなものをかき立てる傾斜。

坂の始まりある吉昭石材工業の前に立ちます。
大きなPの文字がある店頭。
石畳風のはじまりから、やがて砂利になり、緑に包まれた果て。
途中にある石像たちが風景を引き立てます。

えんやこらと上りたいところですが、どこかやっぱりためらわせるところがあります。
やはり、下から眺めて楽しむ場所なんではないかと。
そういう坂もあっていいんじゃないかな。
上らないで味わうだけの坂。プラトニックみたいな感じで。

もりおかの坂 その134

もりおかの坂 その134 天満宮裏への坂


天神町から岩山入口交叉点へ行く途中のカーブに川村酒店があります。
そこから別れる道は盛岡天満宮へアプローチできる道の一つ。
お店の脇を過ぎて、二手の道。
左側を選択すると、なかなか味わいがある坂が待っています。

木々に囲まれ、道も狭いため、ちょっと暗い感じの入口。
それから少し曲がりが入っても、細い道はつづき、坂らしさが一番感じられる区間に。

もう、このあたりは新庄町。
個人的には、途中にある衛生学院寄宿舎跡が惹かれる施設でしょうか。
閉鎖されてからしばらく経つと思います。

071014tenjin-urasaka2.jpg

坂が終わる頃には空は広がり、明るい坂に。
天満宮裏手に出ることができます。
それから、左手に進めば不動橋経由で城東中学校なんて選択肢もあったりして。
散歩では使える坂だと思います。

天満宮はすぐそこ。すぐに本殿だったりします。
参拝するときの味わいという意味では問題があるかもしれませんが
楽と言えば楽です。

階段でのアプローチに飽きたら、この坂経由なんてのはいかがでしょうか。
また新鮮な気持ちになることができると思います。

もりおかの坂 その133

もりおかの坂 その133 羽場の三上酒店の坂


ここも羽場ですが、一気に下飯岡寄りに来ました。

県道盛岡和賀線に「作業所前」という盛岡では屈指のシンプルな名前のバス停があります。
だいたいその辺りから、飯岡方面へ向かう道が坂になっているわけで、
県道が改良された関係で接続部分は昔と姿を変えましたが、
中にある瓦屋根の商店と昔風のガソリンスタンド跡がこの坂の印象を深くします。
住宅地図を開くと、三上酒店という名前とのこと。

071013mikamisaka2.jpg

上から眺めても、ガソリンスタンドと程よいくねり具合の道が絶妙の取り合わせになっています。
向こう側に見える木々たちは東北道が作っているもの。
ここは湯沢団地行きのバスが通り、結構主要な道だったりもするのです。
そのまま、進めば今をときめく向中野あたりまで行ける訳ですから。

あまり坂の紹介になっていませんでしたが、
ここも羽場を代表する傾斜ではないでしょうか。
ガソリンスタンドがこのままでいる限り、どこかホッとさせる場所です。

もりおかの坂 その132

もりおかの坂 その132 羽場の凹坂<仮称>


前回紹介した坂を上ると待ち受けているのが、このステキな坂です。
下から眺めれば、案外そこそこの空と綺麗なラインをした道がいます。
周辺も林檎など、まだ緑が豊富な風景。
いわゆるお椀状、アップダウンで形成されている坂です。

071013haba-totusaka4.jpg

羽場バス停から眺めれば、その全体像がほぼ見ることができます。
左へ曲がりながらも、下って上ってが感じ取ることができるかと思います。

バス停にはかつて待合所がありましけど、なくなってしまいました。
ここが羽場の中心なのかと言えば、ちょっと疑問ですが、とにかくバス停名はここが「羽場」。

一度軽く底をついた坂は、再び上へ。
上りきった先には「坂の上商店」。
店名は、この坂の上にあるからなのか、ボクにはわかりません。

071013haba-totusaka2.jpg

訪ねたときは土曜日でした。静かなものです。
でも一回だけで、黒い学生服たちがボクの横を通り過ぎていきました。
平日の朝はこんな人たちがいっぱいいるのかしらんなんて想像してしまいました。
もしかしたら活気があるところなのかもしれません。
そう、本当の姿を知るにはやはり365日を過ごさないと、なかなか難しいものです。

Template Designed by DW99