060814 前九年三丁目

8月14日(月)途中から晴れ


たっぷりと紫外線を浴びた月曜日の午後。疲れ果ててたどり着いたのが狐森。
ふと遠くから見てみると、ラヴなかたちをしていることに気がつく。
ちょっと太めのハート形。これなら愛情も尽きることがないだろうか。

「気持ち」なんてどこまで続くかわからないけれども、
その先にある場所にさえ、たどり着ければ大丈夫。
ずっと守ってあげると誓える。

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盛岡バス路線の幹線のひとつ、厨川中央線で上堂まで。
マッハランドまで足を運んで、きのう車から見た幻を確認する。
ホテルニュー盛岡の建物は「くるみの家」と名前を変えて、再出発。福祉系。
カメラのキタムラ跡地には、ガリバーが進出予定。

上堂一丁目は複雑な形をしており、マッハランドも上堂交叉点も青山駅の裏側の一丁目だ。
個人的には、いろいろあった場所で、いろいろ思い出してしまう。
「今ならわかるはず」。そういうことなんか。

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一丁目の北側に小さくまとまっているが上堂二丁目。
7番地までしかないのだが、ユニオンやBMWを売っていたりする侮れないエリア。
県道からぐいっと奥に入った3番地あたりの住宅地で、上堂のそらが変わっていることに気づく。
高光ゴルフ練習場のネットがないからだ。いつからよ・・という感じだ。
ネットがない打ちっぱなしの建物が夏草に揺れていた。

それにしても「細田」さんという文字を見ると、上堂に来たなあと思う。

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さらに南へ足を伸ばして安倍館町。
安倍館跡はさすがに涼しく、僕にとって有り難い場所になっていた。

一ノ倉邸側(県道を挟んで西)は、その気にならないと来ない場所。
ここも大木があるので、雰囲気は涼しげ。今では少なくなった木造のゴミ集積所と出会う。
一ノ倉邸には、あまり興味はないが、ここの前の雰囲気は愛せるかもしれない。

発見としては、安倍館町4番地が孤独であることを知ったことだろうか。
大きな家とローカル系マンションひとつ。特にマンションは前九年からしかアプローチできない。

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「この際だから」にハマるときがある。
前九年三丁目に足を踏み入れる。てっきり県道の東側だけが三丁目かと思っていた。
しかし前九年公園や江南義塾も三丁目だったと歩き始めてから知る。
うっ、広いかも・・。

でも肉体が精神を超えるときがある。
どうでもいいことだったが、夢中になっていれば足の痛みは不思議と感じなくなる。
スラムダンクはホントだったんだ。

市立ひまわり学園の北あたりのアパート。その奥行きに懐かしさを覚える。
こんなふうなアパートに住んでいたこともあった。
窓の下には世田谷線が走っていた。あれからの月日は正しかったのか。
答えはまだ出ていない。

○盛岡市の人口 300,144人(7月1日現在 前月比 39人減)

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コメント

馬コのコース
青山あたりのコースはてっきりこの道だと思っていました。
今は大新小学校あたりを通って、国道46号なんですね。
へえって感じです。

馬コの写生は残したい文化ですね。
今は残っているのかしらん。
馬ッコ話に花が咲く
馬の写生会。私も書きましたね。
友人が、コンクールでいい賞をとって
70色くらいのクーピーをもらったのを
いま思い出しました。
(クーピーという響きが何とも懐かしい!)

そうそう、厨中も通り道なので、馬が通る時は
必然的に見学授業?になってましたね。

最近、見にいってなかったのですが・・・
来年は見に行こうかな。
私の頃も、馬コは、青小の正門の前から前九年へと向かうとおりを通っていました。
確か、今の西署のあたりから折れるコースをとっていたような気がします。
青小生は、毎年、観客の皆さんを押しのけ(今になってみるとなんだか申し訳ないような気になりますが、、、)そのコース沿いに、学級ごとに適当に陣取り、馬コ絵画コンクール用の写生をしていた記憶があります。
ですが、当の生徒どもは、写生よりも、馬コが糞をするほうに思いっきり注目しておりました。あーあー…
少なくとも昭和50年代まではそうだったと思います。
コースが変わったこと自体知りませんでした。

その頃、上堂一丁目に住んでいましたが、もうほんとうにすっかり変わってしまいましたね。この間帰ったとき、その向こうの森永の交差点が激変していたのにもびっくりしてしまいました。
あおさん
馬に乗せてもらったんですかー、いいですねー。私は歩道から手振ってました。昭和40年代のことです。
懐かしい!
そうなんです。
ここいらの通りは、
ちょっと昔はちゃぐちゃぐ馬ッコの通り道でした。
(だいぶ前かな?)

小さい頃、馬に乗せてもらった記憶があります。
昔のことって案外覚えているもんなんですね。
上堂
茨島に向かって、一面の野原だとしたら気持ち良さそうですね。
今となっては、想像することも難しいですけど。
やはり「国体前」「国体後」ですね。
ikudonさんたちが持っている歴史を保存しないといけないですね。
一番、見過ごされていて、大切なことです。
また、上堂の昔とか教えてください。
狐森
私も岩手県人として過ごして約10年。
敵見が森がハート形をしていたなんて、この日はじめて気がつきました。
ひっそりと売り出して行きましょうか。
そして忘れなければ秋のこの場所もちゃんと見ておきたいと思います。

前九年関係者の方も多いのですね。
もうちょっと力を入れて行こうかしらん。
そうそう、バス停は「狐森」っすよ。
ちゃんとハートですね!恋愛成就の新スポットになりそう。
昔はこのあたり、チャグチャグ馬っコの通り道じゃなかったかナー。
私の赤い記憶
昭和40年、50年代上堂近辺に暮らしていたので、懐かしく読ませてもらいました。
私の上堂での最古の記憶は、昭和40年初頭…
まだ国道へのアクセスがなく、今のカツイチやツタヤあたり一面は、野原でした。
そこで、愛犬と走り回っていたような記憶がおぼろげにあります。
岩手国体にあわせて(確か昭和45年ごろだったか…)上堂一帯(青山町含め)の変容が始まりました。
ラブリーですね
はじめましてです。

地元なもんで、ついついコメントしたくなりました。

何の気なしに通っていたあの木がハートだったなんて・・・ちょっと感動です。

以前はあそこのバス停は「狐森」で、
何となく可愛い名前のバス停で好きでした。
今は「前九年2丁目」と普通の名前になってしまい寂しい限りです。





ハートの木
はじめまして。

あの木が、ハートになっていたとは・・・。

日常に埋もれて
当たり前に見えている風景も、
他の人のフィルターを通して見ると、
全く新鮮に映りますね。

ちなみにあの場所は、
安倍貞任の奥方が住んでいたという
伝承が残っているところ。
なおさら、ラブリーです。

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